中国土産のキャベツ 2

植物の体にはたくさんの芽がありますが、茎の先端の頂芽と、葉の腋の側芽に分けられます。


頂芽を除くと、側芽が活動を始めて伸びてきます。


しかし、キョウナ(京菜)やミブナ(壬生菜)は、生育期間中ひとりでに側芽が動いて、収穫する頃は、繊細な葉が集まったひとかかえもあるような株になります。


もはや、手で摘まなくても、摘みとり効果を、その菜自身が持っています。


成葉はやがて老葉になって枯れます。


葉を掻きとりながら、葉作り専門の菜をみつけだしました。


その典型はハクサイ(白菜)でしょう。


一般に花茎が立つ早春の菜をみて、とう(壁)がでたといいます。


とうが立つと菜はもう食べられません。


しかし、タイサイ(盤菜)という一群の菜は、この花茎を待つ菜です。

中国土産のキャベツ

中国からの土産に、芥藍(または芥藍菜)の種子をいただいたことがあります。


甘藍(キャベツ)ではなくて芥い菜です。


葉はキャベツとそっくり。


しかし食用にはごわごわしすぎるし、どこに取りつくか思案をしているうちに、白い花が咲きだしました。


通りかかった人は「これはなんの菜だね」と聞きますが、育てた当人がまだはてなと迷っているのです。


「多分、これは花だよ」


通行人は自分なりの解答をだしていました。


芥藍も爪の野菜でした。


迷っていては駄目で、もっと勇敢に摘みとると、新芽をふいて菜になったでしょう。


台所畑では、指先の感触からいろいろな菜が作られました。


摘みとるのは、若芽や成葉です。


タックス・ヘイヴン

たとえば、エクソンがイタリアの政党に4600万ドルの政治献金をしたり、ロッキードが日本の政財界に数十億円にのぼるワイロを贈ったことがアメリカ上院多国籍企業小委員会によって暴露されました。


これらはいずれも多国籍企業の「秘密」の一部であったのです。


多国籍企業は、世界中から儲けたその膨大な利益について、世界各国のさまざまな法律を巧みにくぐり抜け・・・


あるいはそれを利用して、「合法的」、非合法的に税をまぬがれ、不当な利益をため込んでいます。


その手段となっているのがタックス・ヘイヴン(租税回避国)の利用です。


これは、法人税や利子・配当課税がまったくないか、税率がきわめて低いとか、あるいは外国企業に対する特別優遇措置がとられている国や地域のことです。


そこに基地会社となる子会社、それも多くは名義だけのペーパー・カンパニーを設置し、世界各地の利益をここに移動させ、税金を逃れるという術策です。


・・・したがってタックス・ヘヴン(税金天国)ともよばれています。

あの占いを解明

日本で「こっくりさん占い」を解明したのは、東本願寺のお坊さんの非上円了でした。

明治20年のことです。

そのころ、仏教は苦境にたたされていました。

廃仏殿釈といって、シャカの教えをひろめることは禁じられていたのです。

おまけにキリスト教もさかんな布教活動をしていました。

円了は東京大学文学部哲学科に留学し、近代科学の知識を学び、それにもとついてキリスト教を批判しました。

コペルニクスの地動説によって、バイブルの天動説の立場を批判しました。

ダーウィンの進化論によって、「人間は神がお創りたもうた」とするキリスト教の立場を攻撃しました。

すると、仏教徒が「こっくりさん占い」のような怪しげなものに迷わされているのは、つこうの悪いことにおもわれました。

科学の名においてキリスト教批判をしておきながら、仏教徒が非科学的な世迷い事にふりまわされているのを、だまってみすごしておくわけにはいかなかったのです。

円了は、東京大学に「不思議研究会」をつくり、坪内池遙や田中館愛橘らとともにふしぎ現象の解明にのりだしました。

円了の結論は、マイケル・ファラデーとまったく同じものでした。

かれは、この現象を理解するには、「予期意向」と「不覚筋動」という二つのカギがあると説きました。

「予期意向」というのは、「こういう質問をすればイエスという答がでるんじゃないかなあ」といった、心のなかにひそんでいる気持ちです。

「不覚筋動」は、無意識のうちにおこる筋肉運動です。

円了も多数の実験をとおして解明していますが、その結論によれば、「こっくりさん占い」で装置が動くのは、心にひそむ予期意向を反映して、手をかけている人自身が、おもわず知らず装置を動かしているにすぎないということでした。

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多国籍企業のひみつ 3

多国籍企業の利益の大きな部分が商品生産以外の商品投機や為替投機などの商業的、金融的術策によって生み出されていることはよく知られています。


たとえばメジャーは73年の第一次石油危機に際し、価格をつり上げ大儲けをしたが、イラン革命をきっかけとした第ニ次石油危機においても、空前の利益をあげています。


トップのエクソンの79年1年間の利益が、前年比56パーセント増の42億9500万ドル(約1兆円)と史上最高を記録したのをはじめ・・・


第2位のモービルが20億1000万ドル(78パーセント増)、第3位のテキサコが17億6000万ドル(110パーセント増)と、いずれも販売数量は減少したのに、値上げで利益は2倍前後に急増しています。


アメリカ政府や議会が調査に動き、税金で不当利得を吸収しようとしましたが、いまだ具体的な成果をあげるところまではいっていません。


また多国籍企業は、その海外での利潤追求のため、現地政府高官への贈賄など、買収行為を日常茶飯事のように行なっていることが、SEC(証券取引委員会)などの調査によって暴露されています。

多国籍企業のひみつ 2

多国籍企業が全株所有の子会社を好むのは「企業秘密」が完全に保全されるからにほかなりません。


いわば多国籍企業は「企業秘密」を最高度に発展させ、全地球の上にその網の目をはりめぐらしているということができるのです。


多国籍企業の活動の仕組みは、IBMなどに典型的にみられるように、各国にある子会社は材料、部品から完成品にいたるまでのまとまった全生産工程を担当するのではなく・・・


製品の特定の機種の組立てや特定の部品の生産という部分工程だけを割り当てられ、その他の部品は他の子会社や本国から供給されるようになっています。


つまり第三社間での取引と異なって「企業内世界分業」にもとつく「企業内取引」として行なわれるので、その価格がどのように操作され、決定されているかは外部からはまったくうかがい知れないのです。


・・・こうした仕組みの下で、IBMは1968年に30パーセントであったその収益の海外依存度を、74年には売上高で46・9パーセント、純利益で50パーセントと高めているのです。


日本の企業で海外生産高の多いものをみると、松下電器、三洋電機、帝人、東レ、石川島播磨重工、吉田工業、日立製作所、日産自動車、日本電気、シャープ、がベストテン(78年、東洋経済調べ)のランキングに並んでいます。

多国籍企業のひみつ

多国籍企業の活動は、海外直接投資だけでなく、ユーロ・ダラーを典型とする国際的投機活動や多国籍銀行による国際的資金調達活動・・・


さらに多国籍商社の活動も、その重要な一環であり、本質的な側面であることにも注目しなくてはなりません。


いわばこれらは多国籍企業にとっての血管のようなものであるといってよいでしょう。


そのほか「技術移転」にからむ問題も大きな影響をもっています。


多国籍企業の発展は生産力の発展、生産の社会化に基礎づけられていますが・・・


他方、他民族からの搾取や収奪によって寄生性を強め、腐朽と停滞を生み出します。


多国籍企業はその全世界的規模での利益を極大化するため、子会社間の価格操作であるとか配当やロイヤリティの送金などありとあらゆる耐業的、金融的術策を常用手段として使っています。


それらはいずれも「企業秘密」となっているのです。

座るということ 3

胡、つまり西域・西欧的な坐るとはイスなどの上に尻をおき足の裏で体重を支えた状態から移ることです。


建築の分野では畳の上で脚を折り曲げてすわる生活を坐式と呼び、椅子などを使ってのことを立式と呼んでいます。


立式生活では立っているより、何かに腰を支えているほうが楽な姿勢だと私は思っていますが、年のせいだけではないでしょう。


"何もありませんがどうぞ召し上がって下さい"と謙遜の意味を含めてあいさつをされた西欧人が、"何もないのをどうやって食べられるのか"といぶかるそうです。


椅子のない部屋に西欧人を通して、"どうぞお坐り下さい"といったら、椅子がないのにどうして坐るのか、と思うにちがいないのです。


西欧式ないわゆる立式生活では腰や身体を支えたときの姿勢で眼の位置が低く、床面により近いほど床面より高い人よりも楽な姿勢のようですね。


航空機のファースト・ツーリストクラス、ちがいは食事と座席ではないでしょうか。


高いほうは身体を支持してくれる座席の占有面積がツーリストクラスより広く、リクライニングにしたとき眼の高さがより低く、寝る姿勢により近くなって楽であることの価値だ、と私は思っています。


椅子に坐った上役の前で立って応対しているヒラは相手より目の位置が高いからといって礼を失しているのではないのです。


坐っているほうが楽なのです。


しかしわたしはいらないイスを家具 買取に出してしまいました。


今は床に坐る生活です。

戯曲と舞台照明 2

最も普遍的でわかりやすい親子の情、夫婦の情、兄弟姉妹の情を贔屓の役者が演じるのを身につまされて観るのが芝居見物の楽しみでしょう。


・・・一方、西洋の芝居は近世以降戯曲に盛られたテーマを中心に創られています。


日本の芝居が人と人との葛藤をテーマにするのに対して、西洋の芝居は社会と個人の対立、葛藤を主題にしています。


いきおい盛り込まれたテーマの生き方や思想を、ドラマチックに観客に訴える方向に行っても不思議ではないでしょう。


西洋人は舞台で芝居を考えるようです。


舞台から客席に向かって右左というのはその主張の表われのひとつではないでしょうか。


この項の表題が「下手上手」となっています。


これは、かくれん棒のような照明がなかった頃から同じなのです。


戯曲と舞台照明

「戯曲」には言語によって表現された文学作品として必ずしも上演を目的としない、読者によって読まれるためのものも含まれています。


座長(一座の花形役者)がいかに格好よく見えるか・・・


・・・・という筋書きを座付きの狂言作者が作っていたのです。


私も、かくれん棒などの照明を扱う舞台の仕事をしていますから・・・


ときどき座長芝居(高橋英樹や杉良太郎など花形役者が一座を組む)が掛かる劇場から招待券をいただくことがあります。


まま仕事の都合で行けないときに知り合いの人に「杉良さんの芝居見にいく?」と聞くと「ああ招待券ちょうだい」とはいいますが・・・


何をやっているか聞かれたことはまずありません。


芝居の内容にはあまりこだわらないようです。


歌舞伎をはじめ日本の芝居はほとんどが人と人の情を主題にしています。